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2007年9月 5日 (水)

感覚が鈍くなるということ

 嗅覚は悪臭であってもそのうちに慣れるということがあります。これは生きていくために必要な一種の“鈍感力”といえます。

 良い香りもまたそのうちに慣れてしまうということがあります。生理学的には感覚が鈍くなることを「閾値(最低刺激量)が上がる」と言います。

 感覚が鈍くなるなら「下がり」そうなものなので、アロマテラピーを勉強する時に、“閾値が上がる”という表現で戸惑った人も多いことでしょう(ここはよく試験に出るところです)。

 年齢とともに感覚は鈍くなり閾値が上がります。“小さい声では聞こえない”“味がわからなくなった”“味付けが濃くなった”“足先の感覚が鈍くなった”など感知できる最低刺激のレベルが上がっていきます。

 また加齢によらずとも強い刺激を好んでいくと、だんだんと感覚は鈍くなり閾値が上がります。

 香水を迷惑なくらいつけている人、大音量でなければ音楽を聴いた気になれない人、ライスがくるとまず塩をかけてしまう人、世の中には強い刺激しかわからなくなってしまった人々がたくさんいます。

 手技療法のタッチもそうです。強い刺激は繊細な触圧覚を抹殺します。クライアントだけでなくセラピストも繊細な触圧刺激がわからなくなります。

 フランスの有名な調香師のことを、「火を入れた物を食べない」と紹介していたテレビ番組がありました。彼は嗅覚と味覚の繊細さを保つために、生野菜や果物中心の食事をしていました。

 プロフェッショナルであるために厳しい精進を日々課しているのだと、その徹底ぶりに凄味を感じました。

 強い刺激はわかりやすいのですが、多くの強い刺激は不必要なものです。

 微妙な刺激はわかりにくいかといえば、「筋肉が硬すぎて上から潰しても痛いだけなので、皮膚をゆるめて、筋膜をゆるめて、こりの中心をはずして少し斜めから圧しておきました」と言うと、「だから此処へ来てしまうんです」と言ってくれる方がいます。

 繊細なタッチは繊細なタッチのわかるクライアントを作ります。繊細な感覚は繊細な感覚を生みます。私は手技療法にミラクルがあるとしたら、閾値の低いレベルにあると考えています。

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