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2009年5月26日 (火)

思いを込めて、しかし思いを込めすぎたタッチでは重いのです。

 タッチの仕事をしている人は、真面目で優しく温かい人が多いと思います。

 体に触れるセラピーは真面目で優しく温かいものが求められているので、その仕事を志す段階で適性のある人の心に響くのでしょう。

 真面目でイッショウケンメイにタッチをするのは良いことなのですが、何とかしたいという思いが熱過ぎて、適量刺激を超えてしまうということがよくあります。

 体中に力が入ってタッチの当たりが硬く強くなっていれば、快刺激になりません。

 同じ行程の重ね過ぎもやり過ぎです。

 思いを込め過ぎてリズムを殺していたり、むくみが流れていたのに強刺激で止めてしまうということをほとんどのセラピストがやっています。

 『軽く、小粋で、肩の力の抜けた』、その域までは一生到達できないかもしれませんが、頭デッカチなタッチはやめることです。

 もし症状が改善しなくても『命までは取られない、止まない雨はない』のです。

 かく言う私が頭デッカチな思いの重い指圧をしてきたので言えることです。

 肩の関節炎を例にとれば、一回の指圧で治らないことのほういが多いのです。

 それを治すまで帰さない勢いで指圧を続けてきて、やっと力が抜けてきました。

 『ただ気持ちの良いタッチを繰り出すことだけ考えればいい、そのためには全てのタッチの刺激を変えよう』、今はそんな考えで指圧をしています。

 症状の重い人との出会いがなければ、なかなかタッチは上達しません。

 しかし、要は気持ちの良いタッチを創るということをすればよいのです。

 上手くいかないことなんてよくあります。次まで引き摺ることなく、気分を変えてドキドキしながらお客様をお迎えしましょう。

 上手くいかなくても命まで取られない、ニコニコッとアルカイックスマイルで、もっと軽く、もっとタッチを面白くして…。

 その心の軽さは伝わります。セラピストが重く考え込んでいるより、心軽やかにお客様と向き合うほうが、タッチを受ける時の安心感が違います。

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