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2009年6月 5日 (金)

死にたくなっても細胞は生きたがっている。

 「ライオンがシマウマを襲う時に何か考えるか」、「蚊を叩くようなものだ」、「死刑になりたくて人々を襲った」と、あの犯罪者は言ったそうです。

 ライオンは命をつなぐための食料としてシマウマを襲います。

 蚊を叩くのは身を守る時です。

 頭で死にたいと考え続けている間も、細胞は懸命に生きるための物質交換を続けています。

 死刑を望む犯罪者に死刑の判決を下すことは量刑として適切なのでしょうか?

 また肉体そのものが実は生きたいのだとしたら、愛する家族を奪われた遺族は死刑でなければ納得できないかもしれません。

 終身刑のない日本ですが、終身刑を作って、自分の食い扶持も自分で稼いで、遺族に贖罪の送金を続けるような可能な限りの重労働をするというのはどうでしょう?

 アムネスティに人権侵害で怒られるかもしれませんが、死刑よりはこちらの終身刑のほうが罪を償うことになり厳しい刑罰になるのではないかと思います。

 足利事件で服役していた方も釈放され、どうやら冤罪の決定がなされるようです。

 裁判員制度で冤罪や死刑の判決に関わるのは大きな負担です。

 細胞は生きたがっているから死刑になるのもならないのもあの犯罪者の思うツボということになるのかもしれません。

 しかし生きながらえて罪の重さを思い知り、ライオンとシマウマの幼稚な例えの浅はかさを恥るようになってやっと刑が刑となるのだと思います。

 あの犯罪者が一度でも感動のある指圧を受けていたら違っていただろうと思います。

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