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2009年11月20日 (金)

普通の部位をもっと良くするという考え方(痛みにぶつけないタッチ)

 東洋医学には『実を瀉し、虚を補す』という考え方があります。

 過剰なものはデトックスし、足りないものは補うということですから理にかなっています。

 実の場合は充血し熱や痛みを持っていたり、虚の場合は冷えていたり機能が衰えていたりで、実には直接触われなかったり、虚には勢いをつけるにも加減が難しいということがあります。

 手技療法の間違いのほとんどは、実を瀉し過ぎて筋肉を傷めたり、虚を補し過ぎて体が受け入れられる適量刺激を超えてしまうということにあります。

 もう少し力を抜いて、体の普通の部位をもっと良くすると考えてみたらどうでしょう?

 あるいは体の健康な部位をもっと健康にすると考えてみます。

 するとタッチは軽くなり、触れる側と触れられる側の親和性が増していきます。

 坐骨神経痛の60代の女性に2回目の指圧をしました。

 前回の指圧で問題は坐骨神経痛よりも、不適切な治療で何ヶ所か傷ができて、ギックリ腰のような痛みを持ってしまったことだ思いました。

 前回、痛みのある部位には軽く触れただけで、痛みのない部位の指圧とストレッチをしたくらいでしたが、今回、関節の可動域が明らかに拡がっています。

 今回の指圧では、痛みのある部位に丁寧に触れて垂直に圧せば、しっかり圧しても痛みは出ませんでした。

 どうやら小さな筋肉の傷は回復に向かっているようです。

 普通の部位をもっと良くするというイメージでも『実を瀉し、虚を補す』ということは可能なようです。

 時間をかけて治すしかない症状だと判断できたならば、軽さを中心に据えた対応ができると、意外とこれが早い回復につながるように感じています。

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