龍穏寺(越生町龍ヶ谷)、久々に出会った強い目力。
毎年元旦は地元の出雲伊波比神社から、近郊の高麗神社、最勝寺と御縁がある神社やお寺に初詣に出かけます。
金鑚神社、喜多院、氷川神社といった埼玉県内で混み合うところへは、初詣の混雑が終わってからお参りしています。
明治神宮、豊川稲荷、巣鴨のとげ抜き地蔵、浅草寺などに至っては、都内に出かけた時に余裕があればということになるので、初詣どころか夏だったりします。
いろいろな大変さ、御客様からの期待など、神ならぬ私でありますから、神様仏様に頭を下げてくれば、それで負担軽減の精神的デトックスになります。
自分がやらなければいけないことは減りませんが、神様仏様にお預けした部分は( )でくくって見ないことにするという儀式になるので、よく“もらう”セラピストは神社仏閣に行って頭を下げてくることを習慣にすると良いでしょう。
今年は辰年なので昨日は越生町龍ヶ谷(たつがや)の龍穏寺へも行ってきました。
上り坂の左脇には清流が流れ、曲がりくねった坂道に沿った川が龍のようです。
旅人に悪事を働く“龍”を高僧がその法力によって“穏やか”に変えたことが龍穏寺の由来だそうです。
江戸城を建てた太田道灌の墓があり、火災や明治の廃仏毀釈によって曹洞宗の修行僧が集まる名刹として栄えた頃から比べるとだいぶ建物も減ったようですが、山門には当時の風格が残っています。
お参りの帰り、若いお坊様と擦れ違い、朝の挨拶を交わしました。
一瞬の擦れ違いでしたが、滅多に見たことのない目力の強さがあり、歌舞伎の海老蔵さんに似ていましたが、もっと「やりたいことがたくさんあり過ぎてしょうがない」というように前向きのエネルギーが体から溢れているように見えました。
私が一瞬でタダモノではない感を受け取ったように、あちらも興味を持ってこちらをチェックしたような…。
指圧の御客様から今度の龍穏寺の和尚はとても良いという話は聞いていました。
なるほど、と思いました。
こちらは帽子にマスクで目しか出ていませんでしたが、また後々、縁がありそうな気がしました。
「辰年に龍穏寺はにぎわうのでは?」、そんな予想で出かけた初詣でしたが、お参りの方はそこそこでした。
山道ですが車の擦れ違いが大変なところもほとんどなく、山菜を採ってはいけませんという立て札があったので山菜が生えてくる山のようです。
何もないことを見に行くようなものですが、あのお坊様の目はタダモノではありません。
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コメント
あけましておめでとうございます☆
今年もよろしくお願いいたします。
若いお坊さんと先生のご縁・・・気になりますね☆
目力をわざと省エネへスライドさせて私としては・・・
ただものではない迫力のある目力のお坊さんを
見てみたくなりました。
2012年、先生のますますのご活躍を期待しております☆
素晴らしい年となりますように☆
投稿: eri | 2012年1月 3日 (火) 08時08分
あけましておめでとうございます。
確かにeriさんもあの目でした。あの目を心に格納することに成功されたのではないかと思います。
あの目をしていると、世間では折り合いがつかないので平準化が必要になりますが、人里離れたお寺ではさらに個性の宇宙を広げていくことができるでしょう。
一瞬で人を観察する能力がうかがえるような目力は、人間への興味の強さの現われです。
辰年に何か面白そうなことをやらかしそうなお坊様です。
投稿: 鈴木 | 2012年1月 3日 (火) 09時22分